HapeのSmile子育てブログ from UK

---娘はじゃじゃ馬、息子はアトピーとアレルギーに発育遅れ?!---    日々のことから、育児情報など

アトピー

息子のアトピーがひどくなっていった時の私

Jpeg

息子は今16ヶ月です。

先日書いた息子のアトピーの記事にはコメントを下さる方もおり
赤ちゃんのアトピーで悩まれている方もとても多いのだなと実感しました。

今日は、当時の自分自身について書いてみます。
こうして文字に起こすと、自分でも抑えていた感情などが出てきて
驚いたりしますが、それもいずれ放出すべき感情なのでやってみます。

ショック

3・4ヶ月で乳児湿疹が治るどころかひどくなっていき
一言でいうとショックでした。

息子の場合は、父親である旦那が元々アトピー持ちでした。
ストレスが溜まったり、手に刺激の強いものを長い間使っていると
手・肘の裏などにアトピーが出てくるという感じで、深刻なタイプではありません。

私はというと、大人になってからちょくちょく皮膚トラブル(口唇ヘルペス、
腿の裏のジュクジュク湿疹、主婦湿疹のようなものなど)が現れていましたが、
いわゆるアトピーとは違っていたのでアトピーという認識はありませんでした。

私の知る限り、家族親戚にアトピーの人はいません。
なので、息子が3ヶ月頃からどんどん悪化していくのを見て信じられませんでした。
まさか自分の子がアトピーになるとは思ってもいませんでした。

医師の診断ではっきり言われるまでは、アトピー以外の湿疹だと
ずっと思おうとしていました。というのも、私の中でアトピーは
なかなか治りにくいというイメージがあったからです。

もちろん、アトピーに長年悩まされている方、子供の時から辛い思いで
治療してきた方だからと言って、自分の子にもアトピーが出た場合
簡単に受け入れられるわけではないのは、重々わかっています。

が、やはり正直な気持ちは『何でこの子が』という思いでした。
日中は上の娘もいて、忙しくしているのでそこまで考えることはありませんでしたが
夜中子供たちが寝た後、色々調べているとふと『何でこんなことに。。』と悲しくなったものです。

”なるべくしてなる子”がいるわけではありません。もちろんそんなことはありません。
ただただ『なんでこの子はこんな辛い思いをしなきゃいけないんだろう』と泣きました。

 

ポジティブなんて

しかし現実は私がこんなことで泣いても息子が改善するわけではありません。
"泣きたいだけ泣いて吐き出したら、次の日には笑顔で接してあげなきゃ"と思っていました。

体は正直だといいます。
悲しんでいると、母乳がまずくなると聞きました。
ほぼ完全母乳だったのでポジティブでいることを心がけました。

が、やはり自分でも気づかないうちに心労が溜まっていっていたのでしょう、
今思えば、随分娘に理不尽にキレていたように思います。
その度に寝る前反省し抱きしめて「ごめんね」と言って寝ていたのを覚えています。

そして不機嫌な時間が増え、どんどん暗くなっていました、口数も少なかったと思います。
この頃になると、親や代替療法の先生からも私の心配までされるようになっていました。
母乳育児で食べる量も多く体は健康でしたが、心の方がクタクタでした。

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ストレスの原因はなんだったか

クタクタにさせていた原因には、単純に息子が辛そうで、辛かったのは当然ですが
他に代替療法以外薬などを使わない私のやり方に、旦那の家族、
特にお義母さんが不満でそのプレッシャーに負けないように自分を保つのが辛かったです。

お義母さんは看護師です。なので反対されるのはわかっていましたが、
私自身自信がないところもあり、私が折れないように言い聞かせていました。

そして終わりが見えない不安。いつ改善するか、全くわかりませんでした。

代替療法は続けていましたが、他に何もしないでいられないので
夜調べまくって、アトピーにいいとおススメされているアロマ、天然成分クリーム(5種類ほど)
ベビーマッサージ、お風呂にいれる入浴剤を手作りなど。とにかく色々試しました。

そして最後に大きな罪悪感。どういうことかというと、息子が手が自由になると
掻きむしって、顔中血だらけにしてしまうので腕を動かないように体に縛っていたのです。
特に家事をしている間はずっとでした。

どうにか掻かせないで腕を動かせないか、色々旦那と考えました。
スプリントのようなものを自作して腕につけたり、手袋させてみたり、服を工夫したり。。
でも、どれもすぐ息子は上手く腕をつかい掻きむしってしまうのでした。

これでは発育が遅れてしまうと、わかっていたからこそ
色々違う方法を模索していたのですが、
結局見つからないまま8ヶ月くらいになってしまいました。

息子は当時からあきらかに発育が遅れていました
首すわりが遅く7ヶ月でグラグラでした。

これは腕が体にくっついてること、縦抱っこや抱っこひもが使えなかったことが
主な原因だろうと思い、何度も縛るのをやめようかと考えましたが
結局勇気がなかったのです。

私が息子が血だらけになるのを見るのが怖かったのです。

ホントに残酷でした、私。自分の気休めに息子を犠牲にしていたようなものです。
ただ当時はどうしてもできませんでした。

このせいで発育に遅れが出ているのかもしれないと思うと謝っても謝り切れません。
恨まれていてもしかたないとさえ思っています。

この罪悪感が一番私を暗くさせました。
そして近くに相談できる人はいませんでした。

代替療法に理解があるのは、唯一日本にいる母だけ。
旦那は私の決断に、ノーとは言いませんでしたが受け入れられてはいないのはわかりました。
実家に帰えることはできず、一人でやらなければ!と思っていました。

この頃受けた相談会の動画を見る機会があったのですが
暗かったですねー。言葉もボソボソとしゃべり(元々滑舌はよくないですがw)
鈍よりしていました。

 

まとめ

とまぁ、息子も辛かったでしょうが、私も大変でした。
『アトピーである本人が一番辛いんだから、自分のことなんて』となりがちですが
その子をサポートする親が壊れてしまっては、子供のためにもなりませんよね。

どうか私のようにアトピーのお子さんをお持ちで悩み続けている親御さんも
どこかで自分のことも労わっていげてください。
少し話すだけでも違います。私は母とSkypeで小一時間話すだけでも大分違いました。

そして少し間違った方向へ行っていると、気づかせてもらえたり
反省する機会をもらえました。反省は、次への切り替えにつながりました。

親が疲れていると、行動に移すのも時間がかかるようになります。
少し元気になれば、また自分を信じて良いと思ったことを行動にうつす力になります。
これが私をプロ中のプロとの相談会へと導いたのだと思います。

長くなってしまったので今日はここで終わりにします。
次は相談会後の心境の変化を書いていこうかなと思います。

長いことお付き合いくださり、ありがとうございました。

 

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